9. 現地調査結果(2018年2月)
長澤徹明・山本忠男・アニタ・マナンダール(2018年2月21~27日)による現地調査および関係機関ヒアリングの主要結果を以下に示す。本調査はJICA「草の根プロジェクト」申請の準備を兼ねており、地域用水機能の現状把握と共同水場(ガーイチ)復旧の可能性を探ることも目的とされた。
9-1. 利水施設の現況
(1) 取水堰(コンクリート堰)
サリナディ川右岸側幹線用水路への導水を目的とするコンクリート製の堰だが、堰頂まで堆砂状態にあることが多く、「越流限界水深」をもたらす構造にはなっていないため、安定した取水が困難な状態にある。幹線用水路への流入量は河川水位によって大きく左右される。取水口(最上流)には簡単な手動ゲートが設置されているが、かつて管理を担っていたダルファ(水路管理人)は現在機能不全状態にある。堰の堆砂は上流の傾斜畑(プクラーチ:上流盆地の畑作地帯)からの土砂流出が主な供給源と推定される。
(2) 共同水場(ガーイチ)
| 状況区分 | 箇所数 | 備考 |
| 健全な状態 | 3箇所 | 水量・水質とも良好。女性が日常的に利用(洗濯・井戸端会議の場) |
| 湧水量が減少 | 3箇所 | 近年の住宅大型化(基礎深化)または幹線用水路放棄による地下水位低下が原因と推察 |
| 涸れている | 3箇所 | 2015年地震との直接因果関係は不明。市街地を流れる幹線用水路の放棄が一因の可能性あり |
| 沢水利用(特殊) | 1箇所 | 9箇所中1箇所のみ沢水利用。残りは扇状地伏流水の湧水 |
| 合計 | 9箇所 | ※市街上手5箇所、下手2箇所(エジー氏証言)。ガーイチ復旧工事費は約100万ルピー/箇所(水タンク・レンガ・人件費含む) |
調査対象のガーイチ(モデル整備候補地)では水質が最も悪化していることが判明した。継続的な水質調査の後、モデル整備の適否を判断する必要がある。ガーイチは生活用水供給のみならず、主に女性の「井戸端会議の場」として地域コミュニティ機能を担ってきた重要な社会インフラである。調査では1日あたり利用者17名中9名が現在もガーイチを日常的に利用していることが確認された。
(3) 溜池(プク)
ネワール語でプク(池)+ラーチ(場所)を意味する「プクラーチ」は、農地への配水調整施設として機能してきたほか、防火・緊急時の水源、神事・慶事との関わりを持つ文化的施設でもある。
- 市内にかつて4つ存在したが現在は3つ(うち1つは完全に涸れゴミ捨て場状態)
- 南門(「花嫁の門」)外の2つのプクのうち1つは完全に水なし
- 市街地南東三叉路付近のビザープクは20年以上前から水がなく、現在空地
- 現存する3つのプクも著しく劣化し、沐浴・水遊びは不可能な状態
- 年1回の祭礼時に注水するが、終了後は放置される状況が続いている
- 復旧への市民の意識は高まりつつあり、「昔のように復旧したい」との声が増えている
- Shankharapur市長はプク機能回復に300万ルピーを予算化していることを表明
(4) 掘抜井戸
- 市内に18箇所。飲用は原則1本のみ(3本は飲用可だったが上水道整備後利用停止)
- 残り17本は洗濯等の生活用水として利用。水質・水量とも概ね満足なレベルとの評価
- 維持管理:年1回の祭り(Khadgajatra)の際に利用者共同で浄化作業。その後4日間は近づきも禁止
- 市街地の外(農地側)に井戸は存在しない
(5) 農業用水路の生活利用状況
かつては家の前の水路で洗面・洗濯等に利用していたが、現在は下記理由により生活利用がほぼ消滅している。
- 4半世紀前:各戸に水洗トイレがなく、自然分解に任せた処理。用水路は洗濯・農具洗いに活用
- 現在:各戸水洗トイレが整備されたが、下水道の流末処理施設は未整備で用水路に直接排出されている
- 上水道の整備は進みつつあるが断水が多く、冬期は水温が低いなどの問題から普及途上
- 雨季の大雨時に溢水すると困るため、住民は土砂上げ等の最低限の清掃は実施している
9-2. 水質調査結果(2018年2月実施)
簡易水質計(電気伝導度EC・pH・硝酸イオン濃度NO3-)による現地測定結果を以下に示す。
| 測定箇所 | EC (μS/cm) | pH | NO3- (ppm) | 評価 |
| サリナディ川(取水堰) | 51 | 8.0 | 10 | 良好 |
| 流入する沢水 | 40 | — | — | 良好 |
| 市街地 井戸・ガーイチ(範囲) | 160~1,670 | 7前後 | 45~300 | 変動大 |
| 扇状地末端部湧水 | 132 | 6.4 | 19 | 基準水質 |
| モデル整備候補ガーイチ | (最高値付近) | — | (最高値付近) | 最悪化 |
【水質評価のポイント】
取水源(サリナディ川・沢水)は EC 40~51 μS/cm、NO3- 10 ppm と良好。
市街地の地下水(井戸・ガーイチ)は EC が最大 1,670 μS/cm、NO3- が最大 300 ppm まで上昇。
これは各戸トイレからの用水路・地下浸透による汚染が原因と推定される。
扇状地末端部湧水(EC 132・NO3- 19 ppm)が深い地下水の基準水質を示す。
NO3- 45 ppm 以上は飲料水基準(WHO: 50 mg/L)に近く、継続的な水質モニタリングが必要。
9-3. ステークホルダーヒアリング結果
(1) 在ネパール日本国大使館(2018年2月22日)
國貞雅生二等書記官(農林水産省出向)との面談。サンクの地域用水と地域振興に強い関心を示し、「農業振興がネパールにとって重要」との認識を共有。日本大使館として農業開発への取組みを検討中との示唆があった。JICA草の根プロジェクト申請への支援についても前向きな姿勢を確認。機会があればSankhuを訪問したいとの発言あり。
(2) カトマンズ灌漑開発局長(エジー)・水利組合(2018年2月23日)
- エジー局長(Division Chief of Irrigation Development, Kathmandu)は大雪土地改良区での研修経験を持つ農業水利の専門家。地域用水の概念は理解しているが、行政上、農業用水と生活用水の所掌が分離されているため統括的対応が難しいとの認識を示した
- サンク地方部局は一括所掌しているため「サンク地域用水プロジェクト」の計画立案は可能で、協力する用意があるとの発言を得た
- 水利組合長(サッカル)・副事務局長(ウットムカルキ)・種イモ組合長(スリエ)も同席
- ガーイチ復旧費用:水タンク付設・レンガ代金・人件費で約100万ルピー/箇所(スリエ宅近傍のケース)
- 現在Municipality から年間50万ルピーの補助があるが、限定的な改修にしか充当できていない
- 市内のガーイチは9箇所(うち健全3・流量減少3・涸れ3)。18箇所の井戸のうち飲用は原則1本のみ
(3) 地元農家・種イモ組合員懇談(2018年2月24日)
20名(農家・水利関係者)が参加。全員ネワール族(アニタを除く)。主な発言を以下に整理する。
- 農業用水路の生活利用:昔は家の前で洗面・洗濯に利用したが、現在は屎尿汚染と水量不足のため利用しない。上流・下流の意識は以前から希薄で、水が来なくなった今では意識することがない
- 大地震の影響:地震によるガーイチへの直接的変化はないとの認識。農業用水路も地震前から劣化しており、地震で大きく損なわれたとは認識していない
- 地下水環境の変化:近年、コンクリート舗装の拡大、住宅基礎の深化(3フィート→6フィート)、乾季降雨パターンの変化により地下水へのリチャージが抑制されている
- プクへの意識:「昔のように復旧したい」という気持ちを持つ人が増えている。歴史・文化が伴うプクは防火・緊急用水としても重要
- スリエ発言:各種水利施設の復旧・再整備に知恵を貸してほしい。政府・地域グループ・日本側が協力して前進できるように助力を依頼
(4) Shankharapur市長(スバルナ)との会談(2018年2月25日)
- 灌漑水利の部局は目下整備中。担当部局ができれば協力していきたい
- 農業用水路・市内水路網・ガーイチ・プクの順で復旧優先度を設定している。特にプク機能回復には300万ルピーを予算化
- 現在の市土木技術者は4名(建築・道路・砂防・水利関係)で体制は脆弱
- 家屋新築時に貯留槽設置を許可条件に義務化。旧市街には集中下水管の敷設計画があるが、流末処理施設は未整備
- 「地域用水整備計画が実現することを望む。市として協力体制を講じたい」との発言を得た
- 計画立案に必要であれば市長の「合意書」交付も可能か確認中(アニタ発言)
9-4. 流域管理課題
堰の上流側には上流盆地状地形があり、三方に広がる傾斜農地(主にタマン族の住むプクラーチ:ナングルバーレ・ラプスフェディ地区)が展開している。この傾斜畑からの土砂流出が堰の堆砂の主要因と推定され、農地侵食による河川汚濁も懸念される。
Sankhuの水利環境保全には上流盆地の水土利用管理が本質的に影響しており、「流域一貫」の管理思想が必要である。ただし、上流のタマン族との合意形成は容易ではなく、「上下流域共存共栄」の認識醸成が先決問題であることが指摘されている。
【現地調査から見えた根本的課題】
用水システムが地域資源であるとの認識が無いところには、積極的な機能保全のモチベーションは生まれない。
農業生産以外にも地域にとって大切でかけがえのないもの、という認識を持ち、地域全体が共有することが何より必要である。
そのためには、教育啓蒙(特に非農業住民・移住者向け)が不可欠である。(長澤・山本 2018年)
