Sankhuにおける地域用水機能の再生 長澤徹明・山本忠男
- はじめに ―地域用水とは何か―
地域用水(regional water use)は農業農村環境の重要な要素と位置づけられ、農業用水の多機能性や多重利用を意味する概念である。一般に、農業用水は灌漑が主目的であるが、ほかに農産物や農機具の洗浄、生活、防火用水として利用されたり、地下水涵養や水辺空間の生態系保全、景観形成などの機能を有している。こうした地域の生活や環境、福祉に密着した性質を農業用水が内包する地域用水機能という。
そもそも水は、地域住民の生活をささえる基本的な社会的共通資本(資源)であり、水文循環を通じて機能する地域生態系の要でもある。つまり、水は、おのずと地域社会の生産や生活、福祉にかかわる種々の機能を派生させるポテンシャルを有している。地域資源の有効利用の観点からは、今後、このポテンシャルを十分に発揮させていくことが重要である。そのためには、まず、地域用水的な機能を目的意識をもって認識することが求められる。
地域用水の性格をあげると次のような特徴がある。
- 地域用水として独自に消費される水量は小さい。
- 受益は地域社会全体、あるいは住民多数に帰属し、生活密着的な性格を有する。
- 経済性が希薄で、受益の量的評価が難しい。
このような特徴から、地域用水は上水や工業用水のように特定・区別化することはできず、多くの場合、農業用水に付属する少量の水利用として、あるいは副次的な機能として存在させてきた。このような特徴を有する地域用水の代表例は、消雪・流雪用水、防火用水、生活雑用水、浄化用水、希釈用水、環境用水、景観用水、地下水涵養用水などがある。しかしながら、地域用水の利用は地域の歴史、伝統、地形や産業などによってその実相は多様である。地域住民の意識にかかわらず、水が育んだ地域特有の「文化」が形成されているはずである。
- サンクの歴史文化と水
サンクはカトマンズからチベット(ラサ)に至る街道の宿場町として栄えた由緒ある地域である。この地域に点在する古刹、例えばカトマンズ盆地で2番目に古い仏教寺院ヴァヒラ・ヨギニやヒンドゥー教寺院スリ・スワスタニ・デヴィ(サリナディ・テンプル)がある。古刹に附置される手水場や沐浴場などの水場は、まさしく歴史文化と水が不可分の関係を有すること、言い換えると「伝統」をささえる「水」の重要性を確認させる象徴である。また、サンクの町並みにとけ込んだ共同水場(現地ネワール語で「ガーイチ」)は生活用水の利用だけではなく、地域コミュニティの場(井戸端)として機能してきた。
サンクの伝統家屋にみられる木彫の窓や扉の装飾などは、森林資源を利用してきた「文化」の一端であり、サリナディ川扇状地、およびこれを取り囲む丘陵山林が恵みをもたらして来たことを物語る。もちろん、山林が涵養する清冽な水資源と相俟って、サンクの伝統文化を育んだに違いない。後述するように、近年の丘陵地開発がこうした水土環境に影響をおよぼしている。







- サンクにおける利水状況
人口約1万1千人のサンクは、サリナディ川によって形成された扇状地を基盤とする傾斜地に展開し、田畑輪換する農地(灌漑面積約176ヘクタール)が広がる地域である。サリナディ川は扇状地の東寄りを南下し、サンク市街地は扇状地中央に位置する。地域を潤おす水資源は、市街から北東に約2キロメートルの地形狭窄部に設置されたコンクリート製の堰からの取水と右岸側の丘陵地から流出する多くの沢水(渓流取水)、そして扇状地伏流水(揚水利用)によって得られている。加えて、近年、扇端ではサリナディ川からの直接揚水利用が増えつつある。河川水の直接利用は種イモグループなどが共同で行い、乾季には簡易な「斜め堰」を設置して取水し、雨季の増水で流失すると投込式ポンプで取水する方法もとられている。2018 年2月の巡検では、こうした「斜め堰」を4箇所確認した。
主水源であるコンクリート堰は大部分が右岸側幹線用水路に導入するように設計されているが、堰頂まで堆砂状態にあることが多いため頭首工機能が果たされているか、安定取水を実現しているかどうか疑わしい。そもそも、堰の構造自体が「越流限界水深」をもたらすようになっておらず、河川の流況をコントロールできる状態ではない。つまり、付帯する幹線用水路への流入量は河川の水位によって影響されることになる。もっとも、幹線用水路の最上流(取水口)には簡単な手動ゲートが設置されているので、高水時にはゲート操作によって下流で溢水する危険は回避されるようになっていた(この管理の実態は不明だが、かつてはダルファと呼ばれる管理人がおかれていた由。現在は機能不全状態にある。)
サリナディ川右岸側丘陵地から流出する沢水の利用状況は、現時点では詳しく把握できていないが、踏査のなかで傾斜農地への用水供給、余水を「田越し」で下段の圃場に供給していることを確認した。いずれにしろ沢水利用は部分的、ないし補完的なものと推定される。ただし、市街地にみられる13箇所の共同水場(ガーイチ)は扇状地の伏流水を利用するもので、古いものは800年前に遡ると説明された。ガーイチについては後述するが、現在、湧水量が減少しているものが少なくない。その原因は明らかではないが、近年の傾向であり、少なくも2015年に発生した大地震が契機になったとは言い切れないようである。未だ仮説の段階ではあるが、コンクリート堰から導水する水利システムのうち、市街地を経由して下流に向かう幹線用水路を「放棄」したことが原因の一つと推察される。放棄の理由は明らかではないが、管理体制や灌漑受益地の変更などがあるようだ。ガーイチのほか市街地の生活用水は18箇所の掘抜井戸のほか、近年整備された上水道の給水栓が市内各所に配置されている。こうした水場は、生活用水供給はもとより、地域住民のコミュニケーションの場(主に女性の「井戸端会議」の場)として大切な意味があるようだ。
地域の水利慣行は住民の諒解にもとづくものと思われるが、いわゆる「水利権」や利水者による水利共同体(共同管理組織)が権限を行使するような状況にはない。しかるに、水路末端での圃場間のやりとりは別として、全体的には上流優先の水利用となっている。そのため下流域は水供給が不十分となり、上流域のような水利用による営農(コメとジャガイモ2作の3毛作)ができず、他の経済作物(例えばトマト)を簡易ハウスで栽培するなど、営農用水は扇状地伏流水に頼っている。カトマンズ近郊に位置するサンクは野菜供給に利があり、とくにジャガイモは有利な作物であることから、水利用の難易は農業生産(額)の多寡に直結し、地域振興のおおきな課題であると思われる。
堰を越えてサリナディ川を遡ると盆地状の地形が展開し、三方に広がる斜面は農地利用が進んでいて畑作が行われている。圃場の多くは傾斜畑、あるいは小規模な階段畑であることから、降雨流出にともなう土壌流亡と環境負荷物質による河川汚濁が懸念される。堰の堆砂は上流の傾斜畑が供給源である可能性が高い。サンクの水利環境保全には上流盆地の水土利用管理が影響していること、基本的には「流域管理」思想の共有が必要であることは論を俟たないが、サンクの地域用水に対して上流プクラーチ(タマン族の住むナングルバーレとラプスフェディ地区)の理解と協力を得ることは容易ではないように思われる。前提として「流域一貫」、あるいは「上下流域共存共栄」といった認識の醸成が先決問題であり、地道な啓発努力が求められる。
- サンクの地域用水
地元ではおそらく「地域用水」なる概念を認識していないと思われるが、それは我が国の40~50年前と同じであろう。サリナディ川から堰で取水し、用水路で農地に導くことが目的であって、それ以外に水路や水に関わることは「そこにあるから触れる」以上のものではないと思われる。
しかし、幹線用水路でさえ基本的に土水路(一部ライニングされているものの保全管理はきわめて不十分)だから漏水によって地下水を涵養するし、水路近傍の動植物の生育・棲息に寄与している。また、住居の軒先にある水路は洗濯など生活雑用水として使われるほか、家畜の飼養(水利用の実態は未確認。ちなみにネワール族は家畜を持たない)や農具の洗浄などに利用されている。
数は少ないが用水系統のなかに小規模溜池を設置して用水不足に備えてきた。この溜池は「プクラーチ」と称される。「プク」は「池」、「ラーチ」は「場」を意味する現地ネワール語である。これらは農地への配水調整池(中間貯留施設)として機能し、旱魃時の用水供給のほか、不測の事態、例えば火災や災害時の水源として機能してきたと想定される。くわえて、プクラーチには古い伝統と文化の香りがあり、聞くところによると神事や慶事と深い関わりがある由。つまり、これも地域用水のひとつに挙げられるが、現状は著しく劣化していてかつてのように沐浴したり泳いだりできる情況にはないばかりか、南門(「花嫁の門」と称される)の外に置かれた2つのプクのうちの1つは全く水はなく、ゴミ捨て場に等しい有様である。市街地南東の三叉路付近にはかつてプク(ビザープクといった)があったが、20年以上前から水がなくなり、10年ほど前には埋め立てて野菜市場をつくる計画があったそうだが今は空地になっている。
実態はともかく用水施設は利用者(=農業者)の管理下におかれている。現状では、非農業者は農業用水が有する多面的機能(地域用水)の受益者であることを理解していない。地域用水機能の保全管理は、非農業者を含めた地域住民全体の理解と支援が必要であることを説明し、農業用水が地域にとって重要な資産(地域資源、ないしは社会的共通資本)との認識をもってもらうことが大前提となるだろう。
上述のように用水システムが地域資源であるとの認識が無いところには積極的な機能保全のモチベイションが生まれようが無い。農業生産以外にも地域にとって大切でかけがえの無いもの、という認識を持ち、地域全体が共有することが何より必要であり、そのためには、教育啓蒙が必要であることは論を俟つまでもない。しかして、地域の実情をみれば、共感を得て協働意識を育むことは難しく無いように思われる。本プロジェクト(地域用水機能再生支援事業)の目的はそこにあるといってよい。



- 地域の変貌による利水環境の変貌
サンクは首都カトマンズの北東約17 キロメートルに位置する風光明媚な農村であり、ネワール族を主体とする農民は勤勉で労働意欲が高い。しかし、近年、カトマンズからの移住者が増え、農地の宅地化が進んでいる。先に指摘したように利水システムの管理主体が不明瞭で水利権などの意識が希薄な地域にあって、無秩序な宅地利用が進むと利水環境に影響が出てくることは必然である。このことは、日本においても離農が進む地域で水利システムの管理不全が問題になることと同じである。非農業者の土地を通る農業用水路の保全管理が等閑に付されることは十分予想されることで、最悪の場合は用水が汚濁・汚染することもあり得る。
都市住民の農村地域移住にあたっては、在来住民、とくに農民との意思疎通や地域協働の環境づくりが利水を通じた地域景観形成にとって重要であるとの認識を共有すべきであろう。
また、地域農業の姿が変わる、つまり水田主体として裏作にジャガイモを作るといった営農形態が変わるならば、それに伴い利水の状況も変わらざるを得ない。そのとき、田越し灌漑で水需要に対応してきた慣行が崩れ、地域の安定に少なからぬ影響を及ぼすことも想定される。
- 2015年5月大地震による水利システムへの影響
地震の前においても地域の水利システムが十分管理されている様には見えなかった。例えば、幹線用水路はところどころ溢水し、道路を横断して谷へ流出している箇所がある。また、水路の管理が不十分で疎水性が損なわれていたり、ゴミが散乱していたりするなど、水利システムへの関心の低さが窺え、市街地中央にある宗教広場(名称? プクやガーイチといった水場には必ずヒンズーの神々が祀られている。これは水場の安定と安全を祈願するもので、日本でも水利施設に「水神」を祀るのと同根であろう)の脇にある「水場」は放棄され、ゴミと汚水で本来の伝統文化目的は喪失しているように見受けられた。
以上のように残念な場面はあるものの、独特の家並み(特に木彫の窓飾りが伝統の)をなす市街では、門先に石板で覆われた用水路が流れ、住民はその水を生活用水として利用してきた。2015年5月の大地震は無筋ブロック積み住宅を崩壊させ、町並みを一変させた。復旧は遅々としており、市内に住宅を再建した人もいるが、まだおおくの被災者は郊外に退去して支援を待っている、あるいは見切りをつけて土地を売却してカトマンズに移住した人もおおい、といった状況にある。いずれにしろ地震により地域環境はおおきく変容し、離農家が増え、農地転用(宅地化)が進んでいる。こうした情況のもとでは地域の営農環境(利用形態)が変わることが想定され、農業水利、ひいては地域用水機能にも影響を及ぼすことになるのは必定である。
経済的余裕のないなかでは、生活と生産のための水利恢復を重視せざるを得ない。しかし、地域用水の再認識をつうじた震災からの用水システム復旧は、あらためて地域住民のアイデンティティを喚起し、心身のダメージからの恢復に役立つはずである。地域用水は水資源を消費するものではなく、いわば「中間利用」である。用水の反復利用・循環利用に組み込まれる中間貯留施設(溜池)はその典型である。
町並みの復旧が重要案件であることは論を俟たないが、由緒ある町並みの景観を復活させるためには、街中を流れる用水路の復旧も重要と考える。そして、そのことは市街地下流に展開する農地への用水の安定供給にとっても重要である。街並みの復旧とともに用水路の復旧、すなわち地域用水機能の再生を必要とする所以である。



- 地域用水機能の再生・整備目標
農業水利は、農業の振興に加えて農村景観や地域住民の福祉に貢献するばかりではなく、地域の観光資源の質を向上させることによって地域振興に寄与する。サンクの歴史と文化に景観をくわえた地域資源は、振興発展の礎になるものと期待される。そのためにも、地域用水機能の再生・整備は重要な案件と捉えるべきであろう。
いま、目標は高く掲げたいが、まずは地域用水機能の現状・実態を把握することから始めなければならない。そして地域、特に住民の意識が奈辺にあるかを確認し、可能な範囲から段階的に進めていくのが現実的であろう。
最も重要なのはサンクの水利実態の把握である。農業水利の面に関しては
- 水利慣行、とくに渇水時の取水ルール、②堰や水路の維持管理、③取水源(地表水・地下水・溜池・天水など)、④循環灌漑の実態、⑤灌漑以外の農業利用、⑥その他
また、農業以外(すなわち地域用水的)の利用に関しては
- 歴史文化にかかる利用、②地域共同利用の水場(井戸)、③親水・景観・教育にかかる利用、④生活雑用水利用、⑤その他
現地踏査、あるいは聴取り調査をつうじて水利情況の理解に務めるのが当面の課題である。その理解のうえに地域用水の再生・整備計画を考えたい。ただし、プロジェクトが掲げる目標と方法が地域の実態と乖離しているかぎり実現は難しい、と自戒すべきである。とかく、我々は、地域用水はかくあるべき、との理念が先行し、計画遂行が頓挫しがちであることに十分留意すべきである。
- おわりに ―地域の復興と振興をめざして―
サンクはヒマラヤ山脈の麓にあり、少しばかり足を伸ばせば憧れのエベレスト(ネパールの正式名称はサガルマータ)が仰ぎ見られる。一帯はトレッキングコースでもあり、元来、観光資源に恵まれている。
サンクは標高1360~1400メートルとヒマラヤのイメージと離れるが、カトマンズに近いことがメリットである。この地の利を活かした農産物の生産、とくに安全な作物生産や景観によって付加価値をつけた特産品を供給すること、また、景観と食をリンクした観光産業を起こして地域振興につなげることを目標に掲げるべきではないだろうか。
一日も早く甚大な地震災害から復興し、地域の安定を図ることが急務であることは勿論である。加えて、地域用水の理念を実現することで振興に資することの可能性を本プロジェクトで追求したい。
【 2018年2月21~27日 現地調査前の確認事項メモ(2/14作成)】
- 上記レポートの「内容」確認
- 取水堰以下の用水路系統確認・・・幹線、支線、派線の平面配置、分水形態・方法、田越灌漑、サリナディ川揚水灌漑、地下水利用、ほか
- サリナディ川右岸丘陵から流出する沢・・・位置、利用実態、流量(概略)、ほか
- 地域用水(的)利用実態・・・平面配置、共同水場、沐浴場、洗い場、親水、手工業、家畜飼養、溜池、など
- 施設管理実態・・・通水性にかかる堆砂や植生・ゴミ、漏水、用水汚濁、など
- 施設の地震被害情況・・・破損・劣化と復旧
- 土地利用変化・・・農地の宅地化(都市化)による施設への影響、面積、平面図
- 地元の意識と意見・・・地域住民、灌漑局・サンク市などの公的機関、など
- その他
上記の懸案事項を確認すべく2018年2月21~27日の間、カトマンズとサンクに出向いた。以下、調査前の上記メモ事項を十分確認できたとまでは言えないが、得られた知見を記録する。なお、現地調査によって知り得た情報、たとえば施設名称や地区名、水利用状況などは本文中に記載した。
- 地元の意見 ― 聞き書き ―
9-1.在ネパール日本国大使館訪問
日時;2018年2月22日(木)、16:00~17:00
場所;在ネパール日本国大使館 接見室
出席;國貞雅生二等書記官、長澤徹明、山本忠男、アニタ・マナンダール
冒頭、長澤より今回の訪問目的を説明。大意は、サンクにおける灌漑農業の現状、サンクの歴史文化と水のかかわり、近年におけるサンクの変貌(都市化と大地震の影響)とこれに伴う水文化の衰退を述べ、そうした状況下で「地域用水」の意義を啓発し、共感を得て地域住民協働の意思が形成されれば、震災からの復興だけではなく、地域振興の起爆剤となりうることなどを述べた。さらに、JICA「草の根プロジェクト」申請への準備として今回の現地調査を位置づけており、地域用水の象徴空間である共同水場(ガーイチ)復旧の可能性をさぐることも目的であることにも言及した。同席したアニタから「サンクは元来、水を誇りにしてきた伝統を有する古都」との話が加わり、國貞書記官はおおいに興味がひかれた様子であった。JICA草の根プロジェクト申請にあったてはハード・ソフト面でどのような企画内容になるのか、との問いかけに対し、まず、地域住民に対する「地域用水」概念の啓発、つまりソフト面を重視すること、同時にハード面では共同水場(ガーイチ)の復旧支援モデルを構想している旨を話し、場所の選定や復旧費用見積りなどが今回の調査目的のひとつであることを伝えた。
日本国大使館のなかで経済担当の國貞氏は、在任中にネパールの農業に関して何らかの取組みを手がけてはどうか、との大使からの示唆もあり、サンクの地域用水と地域振興の件を前向きに考えたいと述べられた。背景には、ネパールが持ち続けている外国からの援助希望が社会インフラ整備、とくに道路・橋梁といった土木施設、ついで病院や学校建設などが続き、農業開発は低位(7番目くらい)にある。しかし、日本国大使館は、ネパールにとって重要なのは農業振興であると認識している。この見解は大使館としてのものか、あるいは國貞書記官個人のものかはっきりしない。なお、同席した山本は、國貞書記官出向元である農林水産省の意向・示唆と理解した。
また、機会を得てサンクを訪問したい、との発言があった。
(付記)國貞二等書記官は2006(平成18)年に帯広畜産大学の農業土木系研究室(卒論指導は武田教授)を卒業され、農林水産省入省(ノンキャリア)後、2017年に外務省に出向してネパールに赴任の由。面談中は終始穏やかで真摯、かつ謙虚な物腰でよく当方の話を聞いてくれた。辞去する際、持参した「サンクにおける地域用水の再生(長澤による未定稿)」と「サリナディ川扇状地水利図」を参考として進呈した。
9-2.灌漑担当者との懇談
日時;2018年2月23日(金)、10:00~11:30
場所;Hotel de’ Chefs , Conference room
出席;エジー(カトマンズ灌漑開発局長)、パドマ(エジー秘書)、サッカル(水利組合長)、ウッ トムカルキ(水利組合副事務局長)、長澤、山本、アニタ、スリエ(種イモ組合長?)
お互いの自己紹介の後、長澤より「地域用水」の概念を説明する。そのため、まず、水資源とその利用にふれ、水資源の大部分は農業が利用していること、地域用水は農業用水に包摂されるものであること、地域住民の暮らしや文化を支える社会共通資本であること、などを話す。エジーは大雪土地改良区で研修経験がある農業水利の専門家であり、「釈迦に説法」の感が無きにしも非ず。長澤からの話は多分に他の出席者向けを意識したもの。いまや首都カトマンズが発展し、道路や情報などの社会基盤整備が進んだ結果、サンクの若者が出稼ぎや移住によりカトマンズへ流出し、農業が衰退傾向にある。この変容は農業水利の劣化を引き起こし、必然的に地域用水機能の不全をもたらしている。先の大地震は衰退しつつある水利システム(=地域生態系)の劣化に追い打ちをかけたと推定される。
ひきつづき具体的な水利施設、水利用情況に関する質疑応答に入る。
まず、南門の外にある溜池(プク)の存在意味について質問。大小2つの池は、花嫁を迎えるための池で、壺の水より池の水のほうが祝福の意味が大きいとのこと。水を花嫁歓迎にどう使ったのかは聞き漏らした。市内にある共同水場(ガーイチ)は9箇所、うち健全な状態にあるのは3箇所,3箇所は涸れ、残り3箇所は流出量が少なくなった。ガーイチの水源は地下水の湧水で、1箇所だけ沢水を利用しているものがある。涸れた理由としては、近年、住宅が大型化したため基礎を従来の3フィートから6フィートと深くしたことが影響しているのでは、とスリエはいう。しかしガーイチの湧水口は地表から3メートル以上掘り下げられているので、2m弱の基礎が地下水流に影響するものかどうか疑問。ただし、なかには掘り下げが浅いものもあり、影響を受けている可能性はある。このほか、市内には18箇所の井戸があるが、これらがガーイチ劣化の原因とは考えられないと云う。理由は分からないが、ガーイチと井戸の共存利用前歴による判断であろう。18本の井戸のうち、飲用に供される井戸は1本のみで3本は飲用可だったが上水道整備により利用しなくなったそうだ。結局18本中17本の井戸は生活用水として利用していることになる。これらの井戸の維持管理は、年に一回のお祭り時に利用者共同で浄化作業を行う。作業後の4日間はリサージのため利用することはおろか近づくことも禁じている。
街の外に井戸はない。ガーイチは少ないが、街の上手に5箇所、下手に2箇所あるとのこと。
コンクリート堰の上流に上水道施設(浄水池と配水槽)がある。容量は40万リットルで計画では1600戸に配水することになっているが現在500戸にとどまる。また常時配水が保証されないのでガーイチの必要性は残っている。また、上水は有料なので生活用水は井戸水などへの依存が続く、とのことであった。
地域用水利用の実態を聞いたところ、以下の発言があった。家の前にある用水路の水を利用(洗濯など)するので維持したい気持ちはある。以前は家の前の水路は自分で管理していたが、いまはどうしているか分からない。昔に比べて今はモノがあふれ、そのゴミを水路に捨てる人が増えている。なお、サンク市には用水路の改修・保全管理にかかる計画がある。
ガーイチの復旧にかかる費用は、スリエ宅の近くのケースでは水タンク付設、レンガ代金、人件費でおよそ100万ルピー、とのことであった。
エジー、スリエら参加5名は地域用水、水管理の重要性を十分理解している(した)と思うが、住民全体となると今後の啓発に待たなければならない。
会談のあとホテル前庭で一緒に食事。その後、そろって巡検。上流の堰2箇所からスタートし、幹線用水路を南下。途中、プク、ガーイチ、井戸、上水道栓などを視察。15時になり、エジーらと別れ、長澤・山本・アニタ・スリエの4人で巡検続行。
(付記)後半、エジーにやや疲労と困惑の色がみえた。巡検目的である「地域用水再生」は、彼女が所掌する「灌漑開発」と馴染まないとの思いがあるようだ。エジー(Ezee)はカトマンズ灌漑開発局長(Division Chief of Irrigation Development, Kathmandu)である。当局は農業用水と生活用水の所掌が分離されているため、農業用水に地域用水機能が内包されていることを理解しつつも、立場上、統括的対応は難しいと考えているようだ(実際その旨の発言あり)。ただ、サンク市灌漑開発局といった地方部局は一括所掌していることから「サンク地域用水プロジェクト」の計画立案は可能であり、協力するに吝かではない旨の発言があった。
9-3.地元農家(種イモ組合員)との懇談
日時;2018年2月24日(土)、18:00~21:00
場所;Hotel de’ Chefs , Conference room
出席;ゴピ、クリシュナ、ウルジェ、ラムカジ、スリエ、スンダル、バサンタ、シュレスタ、マニタ、サル、サジャニ、ラシミ、シャイ、ゴルマヤ、ジュルム、ビレンドラ、ラメシュワ、長澤、山本、アニタ、以上20名
全員が自己紹介した後、長澤から懇談会の趣旨を説明。テーマは6項目、その他とした。その前に本地区(市、地域)の「呼び名」を改めて参加者に確認した。参加者は全員(アニタ以外)ネワール族である。再確認の理由は、名称が「サクー」や「サーク」と表記され、議論や報告書などの名称を統一すべきと考えたからである。結論を述べると、ネパール語では「サンク(Sankhu)」、ネワール語では「サクォ(Sakwo)」と発音し、少なくも「サクー」のように伸ばすことはない、とのことである。これまで研究報告や事業計画書などで使用実績があるので表記を変更することに抵抗感があることは理解するが検討すべきと考える。
以下テーマ別に記録する。
- 農業用水路、ないし農業用水の生活利用について
昔(どのぐらい前かは不明)は家の前の水路で洗面や洗濯などに利用したが今は利用していない。理由は屎尿などで汚染されていると思うし、水自体が流れてこなくなったからだ。以前から上流・下流の意識は希薄であったが、水が来なくなった今では意識することはない。ただ、雨季、とくに大雨時に溢水すると困るので土砂上げはしている。
- 共同水場について
ガーイチ(吐水口は石彫の竜にちなんで「ローンイチ」という)を毎日利用しているのは17名中9名。利用するのは主に女性で、洗濯などで順番を待つあいだおしゃべりを楽しんでいる(まさに「井戸端会議」だ)。管理については、清掃の必要性はあるもののあまりやっていない。計画的な清掃活動はなく、状態をみて利用者が協働して行う。政府が上水道を整備し、市内には公共蛇口が設置されつつあるが計画半ばである。しかもいつでも使えるとは限らず(断水がある)、不慣れなこともあって住民に抵抗感がある。とくに冬は上水が冷たいので使いにくいことなど、やはりガーイチの必要性・重要性はなくなっていない。利用していないと答えた8名の理由は、家の近くにない、近くに井戸があるからとのことであった。
- 井戸について
水質・水量ともに生活用水として満足できるレベルにある。井戸の清掃は年に一度、利用する全戸が1戸あたり1,2名の出役で作業に当たる。なお、生活用水利用は洗濯が主たる目的である。
- 大地震前における水利環境の変化について
近年、乾季(2~3月)における雨の降り方が変ったこと、市街地のコンクリート舗装がひろがったことなどにより水の浸入・浸透が小さくなったため、地下水へのリチャージが抑えられるようになった。また家の造作が変わったこともあり、表面水が生活排水で汚れるようになった。つまり、4半世紀前には各戸にトイレはなく(どのような状況かは聞き漏らしたが、野外あるいは共同のトイレのより自然分解に任せていたか?)、いまでは各戸に設けられたトイレから用水路に排出するように変わってしまった。トイレの問題は深刻だが、下水道を整備した一部区域でも排水末端に処理施設はなく、原野に放出しているのが現状である。貯留槽を備えた家では業者が屎尿を収集するものの、最終処分をどうしているか分からない。
以上の話を通じて理解されるのは、市街地の水環境が劣化してきたこと、その理由の大きなものは生活様式の変化である。
- 大地震による影響について
大地震を契機として共同水場(ガーイチ)の状況に変化があったとは言えない。井戸の中には土砂で埋まったものがあったが、ボランティアなどの助勢で復旧した。ただ、山際にある井戸は劣化し、スリエの近くの井戸は涸れてしまったという。相対的に標高の高い場所にある井戸は、何らかの原因による地下水位低下の影響がおおきく現れると推察される。農業用水路は地震の前から劣化しており(鼠穴からの漏水など)、地震で大きく損なわれたとは認識していない。
- 溜池(プク)について
ネワール族の生活圏には水を大事にする文化があり、その象徴的な場がプクである。市域には4つあったが今は3つ。しかし、いずれも劣化している。年1回のお祭りのときに注水するが、終われば放置される。歴史と文化がともなうプクは防火用水や緊急時の用水源としても大事であり、昔のように復旧したいという気持ちを持つ人が増えている。
- その他の発言
スリエ・・・各種水利施設の復旧・再整備に知恵を貸してほしい。政府と我々グループ、そして日本側が協力して前進できるように助力して頂きたい。現在、政府から年間50万ルピーの補助があるが、限定的な改修に当てている。農業用水路が地域にとって重要であることは認識しているが、市街地の変容に伴い機能不全になっている。
スンダル・・・直径1インチのパイプによる深井戸(約20メートル)4箇所で灌漑用水を得ているが、ジャガイモ栽培には不十分なためトマトとカリフラワー、野菜苗を生産している。
9-4.サンカラプール市長との会談について
日時;2018年2月25日(日)、10:00~11:00
場所;サンカラプール市庁舎、市長執務室
出席;スバルナ(市長)、スリエ(市長とは親戚関係、同姓シュレスタ)、長澤、山本、アニタ
表敬挨拶と自己紹介ののち記念撮影。名刺によると、市長は「Mayor of Shankharapur Municipality, Sankhu, Kathmandu」と記されている。カトマンズ郡、サンク地区、サンカラプール市の市長か。
長澤から訪問の趣旨を大略以下のようにお話しした。
① サンクは歴史が古く、チベットとの連絡街道沿いに発展した市街地の家並みは伝統木工芸で飾られるなど美しい町であった。
② そのサンクの景観は近年の社会状況によって徐々に変容し、さきの大地震で損なわれたことが惜しまれる。
③ サンクは水に恵まれ、水がつくり出す景観を誇りにしてきた。しかし、市内のガーイチやプクの機能や状態は劣化している。
④ サンクの水環境を昔のように回復できればサンクのポテンシャルは向上し、市民生活はもとより農業も活性化して地域振興に寄与する。
⑤ 今回の調査で地域の利水状況を確かめることができたので、水環境(地域用水)復旧のための計画に活用できる。
⑥ 今後、共同プロジェクトを立ち上げたいと考えているので、市長のお力添えを是非お願いしたい。
これに対する市長の談話。
- 現在、サンク市には灌漑水利の部局がない。目下整備中である。担当部局ができれば協力していきたい。
- 水利組合に対する市の補助金は、古くからの組合を優先し、新しい組合は青と回しにせざるを得ない状況である。
- 現在の市の土木技術者は4名で、建築関係と道路、砂防、そして水利関係である。
- ガーイチやプクの復旧、機能回復に対しては重要な案件と考えている。
- 大地震後の復旧は、まず家屋の再建である。ついで灌漑用水路・市内の水路網、そのつぎにガーイチ・プクを対象としている。とくにプクの機能回復には300万ルピーを予算化した。
- トイレについては、家屋を新築する際に貯留槽を備えなければ許可しない。また旧市街には集中下水管を敷設することにしたが、流末処理まで対応できていない(つまり原野に放出か?)
- 市の発展に資するため地域用水整備計画が実現することを望む。また、計画の施行にあたっては市として協力体制を講じたい。
- アニタ発言;計画立案に必要(役立つ)なら市あるいは市長の「合意書」交付も可能か? これに対する市長の回答は不明。
10.水質環境
現地調査の折、簡易水質計を用いて電気伝導度・pH・硝酸イオン濃度を測定した。
サリナディ川(取水堰)のEC(電気伝導度)は51μS/cm,pH8.0,NO3-(硝酸イオン)濃度10ppmであった。また,流入する沢水のECは40μS/cmであったことから,この流域の水質は比較的良好であることが推察される。一方,市街地に点在する井戸やガーイチでは,場所によりそれらの値は大きくことなっており,ECで160~1670μS/cm,pHで7前後,NO3-で45~300ppmの範囲にあった。これらの変動は地下水の深さや経路によって異なるものと考えられる。今回,モデル整備を考えているガーイチの水質が最も悪化していることが判明し,ここをモデルとして整備してよいものか判断するためにも継続的な調査の必要がある。
扇状地末端部分の湧水はEC132μS/cm,pH6.4,NO3-(硝酸イオン)濃度19ppmであったことから,扇状地における深い地下水の水質を表していると考えられ,これが利用できる水の基準になるかと思われる。
